『同級生マイナス』台湾映画感想~人生という狭い「空間」に生きる四十路男性~

台湾映画『同級生マイナス』(同學麥娜絲)は、2020年11月に台湾で上映されたブラックコメディ映画。監督は黃信堯(ホアン・シンヤオ)氏で、『大仏プラス』(大佛普拉斯)や『ひとつの太陽』(陽光普照)などの話題作でも知られる。日本ではNetflixで視聴可能(執筆時点)。

同級生だった4人の40代男性がそれぞれ「金なし」「持ち家なし」「車なし」「希望なし」などの無力さを抱え、人生の理想や幸福を追求しつつも、諦観の境地に達していることが描かれる。

作中では特に空間」を意識した描写が多く、生きている間は『人生・社会』という狭い空間に閉じ込められ、現生で、少なくとも死後は広い空間へ自由に羽ばたきたいというメッセージを、監督は伝えたかったのではと推測している。本記事では『同級生マイナス』における空間の暗喩を、4人の人生に焦点を当てながら考察したい。

『同級生マイナス』のあらすじ

理想がある「電風」、夢がある「添仔」、思いやりがある「閉結」、想像・妄想力がある「罐頭」は、高校の同級生で、今や中年に差し掛かった40代の男性。4人はよく喫茶店に集まって、トランプで遊びながら日常生活の出来事や、人生の喜怒哀楽を分かち合う。4人の友情は人生の苦悩や社会の荒波に揉まれながら、変化することなく続くことができるのか……。

▼予告(英語字幕つき)

登場人物(同級生4人組と名前のダジャレ)/ キャスト

※以下ネタバレあり!

登場人物の名前は、本名の発音や性格にちなんでニックネームがつけられており、監督のブラックユーモアが感じられる。なお、同級生4人組の境遇は非現実的な部分もあるが、監督黃信堯(ホアン・シンヤオ)氏の友人、または友人から聞いた出来事をモチーフにしているという。

※以下画像はすべて公式Facebook「甲上娛樂」より引用

電風(陳典鋒)/ 演:鄭人碩(チェン・レンシュオ)

理想はあるが扇風機のように働きまわる「電風」

保険会社の営業マン。安月給で節約しながら不動産と狭い駐車スペースを購入。彼女が妊娠したことを機に結婚する。

本名・陳典鋒(chén diǎn fēng)の発音は、扇風機の中国語「電風扇」(diàn fēng shàn / ㄉㄧㄢˋ ㄈㄥ ㄕㄢˋ)に似ているため、あだ名が「電風」に。扇風機のようにあくせくと首を回しながら働くが、出世もできず、不動産も披露宴も節約して贅沢できないことを皮肉している。

閉結(李宏昌)/ 演:劉冠廷(リウ・グァンティン)

思いやりに満ちた吃音の「閉結」

紙細工屋のオーナー。(台湾や中華圏では、亡くなった人に紙細工で家や車、日用品などを作り、燃やしてあの世で使ってもらう習慣がある)

生まれつき吃音であることから、あだ名は詰まることを意味する「閉結」(台湾語でpì-kiat)に。霊能力があり、霊視している時だけ吃音が治る。

一番友達・他人思いで心優しい。長年病で床に臥せる祖母がいることで婚期を逃し、結婚相談所でシングルマザーに出会う。

罐頭(林冠陶)/ 演:納豆

考えすぎて自分を閉じ込めてしまう「罐頭」

家なし、車なし、金なし、定職なし、彼女なしで、人生についてあれこれ思い悩む。

恋がうまくいかず自殺未遂をした後、役所で戸口調査(戸数と人口を調べる)仕事を見つけ、調査の最中に高校の学園のアイドル「麥娜絲(マイナス)」と再会する。

本名・陳冠陶(chén guàn tou)は、中国語の缶詰「罐頭(guàn tou)」と同じ発音のため、あだ名が「缶詰」に。小柄でぽっちゃりした体形と、考えすぎて負の感情が缶詰のようにギュッと体内に詰まっていることを暗示する。

添仔(吳銘添)/ 演:施名帥(シー・ミンシュアイ)

夢を追いかけるが一歩及ばない映画監督「添仔」

友人からは台湾語で「添仔(thiam-á)」と呼ばれる。理想を持つ映画監督だがなかなか売れず、市長のプロモーションビデオを撮影している時に議員に出会い、議員選挙に立候補することに。

本名・吳銘添(wú míng tiān)は中国語の「無明天(wú míng tiān)」=「明日がない」と全く同じ発音。明日の方向が分からず、有名になることを夢見るがいつも成功まで届かない彼の人生を暗示している。

『同級生マイナス』感想と考察

※以下ネタバレあり!

四十路男性が感じる社会的「空間」と人生の「閉塞感」

『同級生マイナス』では、随所に「空間」を意識させる描写があり、登場人物らが人生や社会の重荷から逃れられず、狭い箱に閉じ込められているような閉塞感を感じる。

例えば「罐頭」、あだ名からすでに「自分を小さな缶詰の中に閉じ込めてしまう性格」だと伺える。後に役所で仕事を見つけ、戸口調査のために色んな「家」を訪問するようになるが、職場の上司から指示された「家」の定義も興味深い。

戸口調査で確認すべきは3つ。

①住居が必ず屋内であること。屋内とは、壁に囲まれた屋根のある場所のこと。扉もあるべき。

②寝泊りができるところ。ベッド、枕、布団が揃っていれば寝床である。

③洗面所があること。

『同級生マイナス』より

公式Facebook「甲上娛樂」より

特に1番目の「四面を壁に囲まれ、上も屋根に覆われている」条件は、人が生きている間は社会的規範や他人の目を意識しながら、限定された空間の中で生きていることを連想させる。

他の登場人物も同様、「空間」を強調する場面がある。無名映画監督から一転し、議員選に立候補した「添仔」は、指導役である高議員と政治の話をする時はいつも洗面所に閉じこもる。また、倹約家の保険会社営業「電風」は、費用が半額ということで、通常の半分しかない駐車スペースをあえて購入し、手動で車を押したり引いたりして駐車している。2人の「明日がない」「未来がない」「金がない」という無力感を、「空間が足りない」という描写で仄めかしている

なお、4人組の中では「閉結」の社会的立場が一番弱く見えたが、残り3人の「諦観」に対して、閉結からは「達観」を感じられ、一番幸せそうに思える。

彼は吃音の関係上、思いの丈をスムーズに言い出せず、多くの気持ちが胸の中に溜まっているように感じられるが、霊能力であの世の霊と会話する時だけ流暢に喋ることができる。

亡くなった人のために神細工で家や車などを作る仕事をしており、霊能力で「あの世のお客様」がよく彼の元にやってきて、「車をオープンカーにしてくれ」「生きている時に十分不自由だったから、あの世では解放感を味わいたい」と注文をつけてくる。「車の屋根を無くして自由を謳歌したい」というリクエストからは、人は生きているうちは社会規範などの「檻(空間)」で閉塞感を感じおり、あの世ではしがらみから解き放たれたいというメッセージを読み取れる。

この「空間」の制限は、思えば映画の冒頭にて、すでに監督の言葉で暗示されていた。

前作の画面比率は1:1.85だったが、今作は1:2.35だ。

『同級生マイナス』より

本作は監督の第一人称で語られていくが、監督自身は物語外の超越的な「神の視点」に立ち、自分が物語に登場することはない。そんな不思議な語り口だが、冒頭では映画比率について言及することで、映画における「空間」を強調したり、末尾では「添仔」が友人のお葬式まで政治的に利用することに憤りを感じ、物語(映画内)と物語外(撮影現場)の境界線を打ち破って物語内に侵入してしまう

監督が語る映画の画面比率が若干広くなったことからも、四十路男性が感じる人生の閉塞感から逃れたい願望があったのではと想像している。

公式Facebook「甲上娛樂」より

鮮明に描かれる台湾ローカル文化

本作は台湾のローカル色が強く、登場人物が主に話す「台湾語」や、「閉結」の職業であるお葬式で使う「紙細工」、伝統的な住居など、多くの台湾伝統文化の一面を垣間見える。(夫は「このような伝統的な台湾の家に行ってみたい」と言ったので、今度台湾に行ったら案内しないと)

公式Facebook「甲上娛樂」より

また、「電風」の披露宴は流水席」(liú shuǐ xí)という伝統的な路上式披露宴で、屋外で宴会をし、付き合いが浅い近所の人も来れば招待する方式。今は比較的地方で見られるスタイルだ。

公式Facebook「甲上娛樂」より

この披露宴や、他にも議員選挙活動のシーンが多くあり、日本人は違和感を感じるかもしれないが、台湾では日常生活と政治が結びつけられる側面がある。(もちろん最後のシーンで、友人のお葬式まで利用して選挙活動をすることはないだろう。このシーンは私も同じく怒りを感じた)

なお、市長の名前「蔣中文」は、「講中文」=「中文(北京語)を話す」と同じ発音で、苗字の「蔣」は蒋介石と同じ。国共内戦後台湾に移った国民党政権が、「中文を話せ」と国語教育を実行したことを暗喩しているだろう。これらの細かい設定から、監督が台湾ローカル文化を海外にも広めたいとの思いが感じられる。

他にも、映画『大仏プラス』や『ひとつの太陽』を想起させるセリフ議員事務所の銃撃など)や、日本のAV男優・加藤鷹の登場など、細かいところにユーモラスな小道具が散りばめられている。人生の閉塞感・無力感を感じさせつつ、コミカルで重くなりすぎないのが良かった。

甲上娛樂 APPLAUSE - 同學麥娜絲」より

米ドラマ『Sex and the city』や日本ドラマ『ピーナッツバターサンドウィッチ』などのような、アラサー女性4人組の婚活・恋愛物語は国内外でもよく見る。女性の30代がひとつのターニングポイントとなるとすれば、『同級生マイナス』における同級生4人組の「涙あり・笑いありの四十路」を通して、男性は40代で人生の分岐点を直面するということを実感した。

甲上娛樂 APPLAUSE - 同學麥娜絲」より


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