先日、台湾・日本合作映画『オールド・フォックス 11歳の選択』(原題『老狐狸』、英語タイトル”Old Fox“)を特別試写会で鑑賞させていただいた。日本では2024年6月14日から劇場公開開始。監督は蕭雅全(シャオ・ヤーチュアン)、出演は白潤音(バイ・ルンイン)、劉冠廷(リウ・グァンティン)、陳慕義(アキオ・チェン)、劉奕兒(ユージェニー・リウ)、門脇麦ら。
90年代にバブルを迎え、株価や不動産価格が高騰する台湾。家を買うことを夢見る心優しき父と息子。狡猾な「老狐狸(オールド・フォックス)」と呼ばれる地主に出会い、11歳の息子は人生の選択を迫られる。
試写会の冒頭で、蕭雅全(シャオ・ヤーチュアン)監督と門脇麦による挨拶があったが、監督の言葉の通り、他人を思いやる優しい心は人間に備わる本能であることを信じたいと思わせる一作であった。また、文学的な隠喩が多く、90年代の古き台湾の景色、登場人物の他人向け/自分向けの感情表現の描写がとても印象的だった。登場人物に完全なる善人も悪人もいないが、各自の苦悩がよく伝わる主演陣の演技だった。
特に印象に残った表現や隠喩をまとめてみた。
※以下よりネタバレあり
主人公の名前に込められた意味
白潤音(バイ・ルンイン)が演じる廖界(リャオ・ジエ)と、劉冠廷(リウ・グァンティン)が演じる父親の廖泰來(リャオ・タイライ)。二人の苗字「廖(リャオ)」は、台湾語の「抓耙子」という言葉とリンクされている。
「抓耙子」(jiàu-pê-á/liàu-pê-á)とは、台湾語で密告者、告発者を意味する。主人公の廖界(リャオ・ジエ)が偉そうな同級生にちょっかいを出されているときに『お前の父さんは「抓耙子」だよな』と揶揄されるシーンがあったが、「抓耙子」の一文字目の発音「liàu」が、中国語での苗字「廖(リャオ)」の発音と似ているのだ。
最初は単純に発音が似ているので同級生から揶揄されているかと思ったが、後に廖親子の行動を予告するものとなった。父親の廖泰來(リャオ・タイライ)は、高級レストランのかつての同僚の本当の素性について、故意ではないもののオールド・フォックスこと謝老闆(シャ)にばらしてしまったことがある。また、息子の廖界(リャオ・ジエ)も、謝老闆(シャ)に貸しを作るために、女性秘書の林(リン)の告げ口をしている。
ここまで書くとマイナスなイメージが強いが、父親の廖泰來(リャオ・タイライ)の下の名前には別の意味が込められているという。「泰來」は中国語の四字熟語「否極泰來」(ㄆㄧˇ ㄐㄧˊ ㄊㄞˋ ㄌㄞˊ / pǐ jí tài lái)から来ており、不運も限界まで達すると幸運が巡って来るという意味。不遇な時代に直面しても、親子でコツコツと努力して夢を追いかける二人には将来幸運が訪れると思われるネーミングだ。
シャの服装に込められた意味
「老狐狸」と呼ばれる謝老闆(シャ)は、呼び名から狡猾でやり手な印象を受けるが、物語が進むにつれて、実は内心に多くの葛藤と寂しさがあり、決して「悪人」として片づけられる人物ではないと良く分かる。
謝老闆(シャ)は常にパナマ帽にスーツという恰好だが、蕭雅全(シャオ・ヤーチュアン)監督のSNS投稿を見るとその理由が分かる。
日本統治時代の台湾では、上層階級の服装はスリーピーススーツにパナマ帽というのが流行っていた。謝老闆(シャ)は貧しい出自から這い上がった人物なので、上流階級への憧れを表現するように、蕭監督がこのような服装を考案したとのこと。
一方、パリッとスーツを着こなし、高級レストランで接待したあと、運転手に送迎してもらっていく先は道端の屋台が販売する仙草。ここか謝老闆(シャ)は根っこではまだ過去の出自をぬぐい切れないことを表現している。
80-90年代の時代背景の再現
映画の舞台は1989~1990年頃の台湾。1987年に戒厳令が解除されたあと、急速な民主化と同時に、株や不動産などへの投資が盛んとなり、台湾はバブル期を迎える。投資で一気に資産を築く人もいれば逆もしかり。
例えば主人公の廖親子が住むアパートの1階で、牛肉麺屋を営む外省人元軍人は、莫大な資産と退職金を投資に回したが大きな損失を出してしまう。この事件は1981~1990年に実際にあった「鴻源案」という投資詐欺事件がモデルだという。
実際の時代背景や史実をベースにしているだけでなく、先述した謝老闆(シャ)の服装や門脇麦演じる幼馴染の服装、主人公が住む家、牛肉麺屋、レストランなどの風景など、すべてがとてもレトロで時代を感じさせた。
鏡が象徴する人間の内面と外面
この映画で私が一番好きなのが鏡による隠喩だ。特に鏡を通して、登場人物が他人に向ける「外面の自分」と「内面の自分」のなかで葛藤することを象徴しているように見える。
例えば、劉奕兒(ユージェニー・リウ)が演じる女性秘書が謝老闆(シャ)の自宅に廖界(リャオ・ジエ)を案内したとき、外から鏡に向けて身だしなみをチェックするシーンがあるが、外から中は見えないが、中から外は見えるという対比で、階級による情報格差だけでなく、他人に見せる自分の一面と、自分の中にある内面は異なることも象徴しているように見える。
門脇麦が演じる楊君眉(ヤン・ジュンメイ)が、夫にひどく殴られ、ガラスか鏡にぶつけられるシーンもあったが、ここでも外面だけよく、家では暴力的になる夫の真実をぶち抜きたい、または楊君眉(ヤン・ジュンメイ)が本心をさらけ出したくもできないという想いを代弁していると想像してしまった。
一番素晴らしいと思ったのは、謝老闆(シャ)が廖界(リャオ・ジエ)を車に乗せているときに、息子との過去を回想するシーンだ。車のフロントガラスを鏡に見立てて、謝老闆(シャ)と廖界(リャオ・ジエ)=過去の自分との対峙を表現しているところに、胸が締め付けられるような強い表現力を感じた。
ちなみに、謝老闆(シャ)の息子を演じた傅孟柏(フー・モンボー)は、30秒にも満たない短いシーンで、セリフもわずか一句しかない。蕭監督のSNSを見ると、たまたま撮影中に訪れてきた傅孟柏(フー・モンボー)を見て、監督がダメ元で少しだけ出演をお願いしてみたのがきっかけだった。事前に準備していたかのようなシーンで全く違和感がなかった。最後にちらっと出てきた廖界(リャオ・ジエ)の成長後の役は温昇豪(ウェン・シェンハオ)が演じる。これもまた良い。
▼予告動画
▼映画『オールド・フォックス 11歳の選択』公式サイト
▼主題歌 動力火車 Power Station《鳥仔 Fledgling》
力強い台湾語の歌詞から、90年代の激動を生き抜いた人々の気持ちに思いを巡らせる。
▼エンディング曲 YELLOW黃宣《When I Fall In Love》
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