Netflixで配信中の台湾ドラマ『華燈初上 -夜を生きる女たち-』は、80年代の台北・林森北路にある日系ナイトクラブ「光」を舞台に、ママさんやホステスらの愛憎劇や、謎の殺人事件をめぐって話が展開していきます。
主な舞台が日系ナイトクラブであるため、カラオケでホステスやお客さんが歌うシーンも多く、70~80年代の台湾で有名だった北京語、台湾語、広東語の楽曲が多数登場し、登場人物間で交差する愛情や嫉妬をより一層引き立てています。
今回は『華燈初上』シーズン1で、挿入歌や主題歌として使われた楽曲をご紹介します。歌が流れるシーンを歌詞やメロディーとあわせて鑑賞すると、登場人物たちの心境にもより共感できるはずです。
※一部ネタバレがありますのでご注意ください
第1話「月亮代表我的心」/ 鄧麗君(テレサ・テン)【北京語】
第1話で脚本家の江翰(ジャン・ハン)が初めて光(ヒカリ)を訪れた時、ローズママこと羅雨儂(ロー・ユノン)はテレサ・テン(鄧麗君)の「月亮代表我的心」を歌っていました。日本人でも多くの方が知る名曲ですね。
1973年5月にアルバム『夢郷』で発表されましたが、私の世代の台湾人でもほぼ全員が知っている名曲で、中学校の時にフルートで習った記憶があります。
「月亮代表我的心」は直訳すると「月は私の心(気持ち)を表している」という意味。「あなたは尋ねた、私の愛の深さを」「私の気持ちも愛も本物なの、月は私の心を映し出しているわ」という歌詞は、一見含蓄に見えるも、情熱的な愛がよく表現されています。夏目漱石が言う「月が綺麗ですね」が「愛してる」を意味しているように。
江翰(ジャン・ハン)はうっとりとした表情で「月亮代表我的心」を歌うローズママを見つめ、その後、2人は濃密な愛を育みます。鳳小岳(リディアン・ヴォーン)が演じる江翰(ジャン・ハン)のねっとりとした恍惚な表情は本当にうまいなと思いました。
ただし、その後2人は別れ、第5話で江翰(ジャン・ハン)がテレビ局の仲間たちと光(ヒカリ)に来店した時に、別れたことを知らない仲間たちにはやし立てられ、再びデュエットでこの曲を歌います。ここでローズママ、スーママ、江翰(ジャン・ハン)の三角関係がバチバチに……。それにしても鳳小岳(リディアン・ヴォーン)も林心如(ルビー・リン)も歌が上手すぎます!
主題歌:「月亮代表我的心」/ 五月天 阿信
『華燈初上 -夜を生きる女たち-』では、五月天の阿信が歌う「月亮代表我的心」が主題歌となっています。少しポップにアレンジされており、台湾では「雰囲気がドラマに合っていない」というコメントもありますが、個人的には優しい歌声が素敵だなと思いました。また、第1話では9m88が歌う「月亮代表我的心」も流れ、ドラマ全編を通して重要なテーマ曲になっています。
第3話「當年情」/ 張國榮(レスリー・チャン)【広東語】
第3話で、友達に連れられて初めて光(ヒカリ)を訪れた男子大学生・何予恩(ホー・ユエン)が、スーママこと蘇慶儀(スー・チンイ)と歌ったデュエット曲は、張國榮(レスリー・チャン)の「當年情」という歌です。なぜ2人とも広東語で歌えるのか?と突っ込みたいですが、それくらい80年代では有名な歌だったのでしょうね。
レスリー・チャンは香港出身の有名な歌手・俳優。「當年情」は直訳すると「当時の情」という意味で、レスリー・チャンが出演する1986年の香港映画『英雄本色』(男たちの挽歌)の主題歌です。
この映画では、黒社会の男たちの友情を主に描いていますが、『華燈初上 -夜を生きる女たち-』で後々スーママがヤクザの男と繋がっていることを暗示するための選曲でしょう。もしくは、歌詞にある「あの頃の懐かしき優しさ」「かつてのあなたの笑顔」などの言葉を通して、何予恩(ホー・ユエン)とスーママの叶わぬ恋を象徴しているとも考えられます。
第4話「你著忍耐」/ 江蕙(カン・フイ)【台湾語】
第4話では、阿季(アチー)こと季滿如(チー・マンル)が江蕙(カン・フイ)の「你著忍耐」を歌い、その歌をBGMとして、花子(ハナ)がセクハラ顧客の徐國彪(シュウ・クオピアオ)に絡まれます。
江蕙(カン・フイ)は台湾の国民的な歌手で、台湾語の歌をメインに歌い、「台語天后」(台湾語歌謡の女王)と呼ばれています。幼少期に父親の借金で家族で夜逃げするなどの貧しい経験があり、デビュー初期は悲しいメロディーの曲が多く、当時の労働者の気持ちや、出稼ぎで故郷を懐かしむ気持ちを上手く歌い上げていることで人気になりました。
1983年に発表された「你著忍耐」という歌は、「我慢しなさい」という意味があり、女性労働者のやるせなさをうまく表現しています。ドラマ内で阿季(アチー)が歌った冒頭の歌詞「踏出社會為著將來,離開故鄉走天涯」(未来のため、世界に飛び出す。故郷を出て、世界を探検する)は、嘘をついてまで故郷を離れて歓楽街で働き、男性から性的暴行をされても我慢するしかない花子(ハナ)の姿と、そして中村さんとの恋をスーママに妨害(?)され我慢する阿季(アチー)の姿とも重なります。
第6話「雨夜花」【台湾語】
第6話の冒頭で、花子(ハナ)はセクハラ顧客、徐國彪(シュウ・クオピアオ)にさらわれて車内で性的暴行をされ、山道で捨てられてしまいます。この時、台湾語の名曲「雨夜花」が鳴り響きます。歌詞の内容と花子(ハナ)のぼろぼろになった心身が完全にリンクし、涙せずにはいられません。
「雨夜花」は、台湾ホラーゲームや台湾ドラマ『返校』を見たことがある人なら印象があると思いますが、1934年に発表された台湾の民謡で、駆け落ちした恋人に捨てられた後、花柳界で働く女性の運命を、雨の夜の花に喩えた名曲です。(詳しくはこちらの記事を参照)
「雨降る夜、一輪の花が、雨風に打たれ、地面に落ちた」という歌詞と同時に、花子(ハナ)が雨の中車から蹴り落され、道端に落ちていくシーンは、情景と歌詞が完全にマッチしており、何度見ても泣いてしまいます。
他にも、「日々起きる不幸を、誰も見ていない。落ちた花は蘇らない」「雨は冷たく、無慈悲だ。私の未来を考えない。私のやさしい心を見守ることなく、輝ける未来を奪っていく」という歌詞もすべて花子(ハナ)の人生を歌っているようで、本当に悲しい……。花子の名前の由来は、李淑華の華が花と同じ発音だからなのと、この歌詞と呼応させたいことも理由だったのでしょう。
なお、名曲「雨夜花」はテレサ・テンや他多くの歌手が歌ってきましたが、ドラマのこのシーンでは、台湾の歌手・家家(JiaJia)が歌うバージョンが流れています。
第6話「初戀的地方」/ 鄧麗君(テレサ・テン)【北京語】
第6話で、事件後に退院した花子(ハナ)は、ローズママ、警官の潘文成(パン・ウェンチェン)、阿達(アタ)の付き添いで帰ります。車の中で、1979年に発表されたテレサ・テンの「初戀的地方」(初恋の場所)が流れ、はじめは花子(ハナ)が口ずさみますが、潘文成(パン・ウェンチェン)が一緒に歌い始め、最後は全員が合唱します。潘文成(パン・ウェンチェン)が一番最初に歌い出したのは意外で、ギャップがあって面白かったです。
柔らかいメロディーに、「あの場所を覚えている、決して忘れない。私たちが愛を確かめた場所、幸せな時を過ごした。心地いい場所、緑の山々、流れる小川、2人の絆を結んでくれた。初恋の味は……」という甘い歌詞は、きっと花子(ハナ)の傷ついた心身を微かに和らげてくれたのでしょう。また、花子(ハナ)と阿達(アタ)の純情な恋が悪い方向に向かわず、どうかこのまま緑の山々、流れる小川と同じく穏やかでいてほしいと願う限りです。
なお、ドラマ内では台湾の歌手・家家(JiaJia)が「初戀的地方」を歌っています。
第7話「恰似你的溫柔」/ 蔡琴【北京語】
第7話では、百合(ユリ)の彼氏であるホストの亨利(ヘンリー)が光(ヒカリ)を訪ねてきて、デュエットで「恰似你的溫柔」(あなたのやさしさのように)という歌を歌います。こちらの歌は1979年にデビューした台湾の女性歌手・蔡琴のデビュー曲で、テレサ・テンも歌ったことがあります。
「さよならを言うのはつらい。すべてを捨てよう。簡単ではないけれど、私たちは泣かなかった。静かに別れよう」という歌詞に載せられ、ユリとヘンリーカップルは歌いますが、ヘンリーを愛するあまり麻薬販売に出を出してしまったユリと、ヘンリーとの関係が脆くていつか終わりを迎えるであろう、ということを暗示しているのでしょうか。
以上、70~80年代の台湾での名曲を、ドラマ『華燈初上』とあわせてご紹介しました。平成生まれの私でも素敵だと思う歌ばかりでした。名曲のメロディーや歌詞を通して、登場人物たちの心情や恋模様がより立体的に浮かび上がってきたではないでしょうか。
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