『瀑布』(原題:瀑布、英語題名:The Falls)は、2021年10月に公開された台湾映画。2020年に新型コロナウイルスの影響を受ける台湾において、自宅隔離を強いられる母と娘の緊迫した関係性を描いています。監督は『ひとつの太陽』の鍾孟宏(チョン・モンホン)。主演は賈靜雯(アリッサ・チア)、王淨(ワン・ジン)。
第58回金馬奨にて「最優秀作品賞」「最優秀主演女優賞」「最優秀脚本賞」「最優秀オリジナル映画音楽賞」の最多4部門を受賞。第26回釜山国際映画祭、第22回東京フィルメックスでも上映された話題作ですが、早くも2022年1月29日よりNetflixでグローバル配信されました。
本映画では、統合失調症を患う母と、大学受験を控える思春期の娘を主人公に、母子家庭の生活、崩壊していく親子関係と日常生活が描かれます。また、タイトル「瀑布」は中国語では「滝」を意味し、英語タイトル”The Falls”は滝以外に「落下」の意味もあります。本記事では、映画に登場する「下落」「再生」などを暗示するメタファーに注目しながら、最後の結末の意味を考察したいと思います。
『瀑布』のあらすじ
外資系企業で管理職を担当する母・羅品文(ルオ・ピンウェン)は、高校三年生の娘・王靜(ワン・ジン)と2人でマンションに暮らす。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、娘の王靜はクラスの同級生が陽性になったため、母とともに自宅隔離を強いられる。
ちょうどマンションの外壁で防水改修工事を行っており、外側が覆われる環境下で、2人は抑圧された隔離生活を送り、徐々に衝突も増えていく。そんな中、母の羅品文は統合失調症を患い、耳元で滝の轟音が鳴り響くようになる……。
▼予告(英語字幕つき)
『瀑布』の主な登場人物 / キャスト
※画像は台灣電影網 Taiwan Cinema「瀑布」、YouTube「電影 瀑布 正式預告 The Falls」より引用しました
↓↓ネタバレにご注意ください↓↓
【母】羅品文(ルオ・ピンウェン)/ 演:賈靜雯(アリッサ・チア)
もともと外資系企業でバリバリ働くキャリアウーマン。3年前に元夫と離婚し、今は一人娘の王靜(ワン・ジン)と一緒に暮らす。
新型コロナの自宅隔離期間から、徐々に統合失調症の症状が顕在化する。
【娘】王靜(ワン・ジン)/ 演:王淨(ワン・ジン)
羅品文の一人娘。高校三年生で、大学受験を控える18歳。
母が統合失調症を患ったことで、急変した生活を余儀なくされ、母を支えることになる。
【スーパーの上司】陳主任 / 演:陳以文(チェン・イーウェン)
母・羅品文が新しく就職するスーパー(家樂福 カルフール)の上司。羅品文の状況を理解しつつ、親身になって親子を助ける。
【元夫】王奇文(ワン・チーウェン)/ 演:李李仁(リー・リーレン)
羅品文の元夫、王靜の父親。3年前に離婚したが、今は新しい奥さんと結婚していて、息子もいる。
【家政婦】彩姨(彩おばさん)/ 演:楊麗音(ヤン・リーイン)
羅品文と王靜家の家政婦さん。母親の病気で3か月ほど給料を支払えなくても、王靜のことを心配したり、お手伝いに来たりした。
管理人 / 演:劉亮佐(リウ・リャンツオ)
羅品文と王靜が住むマンションの管理人。管理費の滞納や、度々の消防署への通報などに辟易する。
精神障害の患者 / 演:魏如萱(ウェイ・ルーシュエン)
羅品文が入院している時に、ドガの絵画をきっかけに知り合った精神障害の患者。夜中に歌を歌ったりする。
本役を演じる魏如萱(ウェイ・ルーシュエン)は台湾の有名な歌手。
『瀑布』の見どころ
鍾孟宏監督の初めての女性視点の作品
『瀑布』は母と娘が主人公となっていますが、鍾孟宏(チョン・モンホン)監督が男性視点ではなく、初めて女性視点に立って挑戦した作品となります。
鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の奥さんが「誰も死なず、お葬式もなく、手足を怪我したりすることがない映画を作れないか?」と話していたことが、『瀑布』を制作するきっかけになったといいます。以前の作品『ひとつの太陽』では、男性視点がメインで、暴力や血、死など、バイオレンスな一面がありましたが、確かに本作ではそのような側面が見られないです。
セリフ丸暗記!一ヶ月家に戻らない!主演の賈靜雯、王淨の演技へのこだわり
主演の女優・賈靜雯(アリッサ・チア)と王淨(ワン・ジン)は、統合失調症を患う母親役と、激変する暮らしに悩む高校生の娘役をリアルに演じます。特に画面越しにも緊迫感がよく伝わってきました。
特に賈靜雯(アリッサ・チア)が言い放つ「私はいつからあなたの悪夢になったの?」などのセリフは、母親としての愛情と、統合失調症で自分を制御できない焦燥感をうまく表現し、私も見ていて息苦しくなりました。
賈靜雯(アリッサ・チア)は精神障害をよりリアルに表現できるよう、撮影期間に一ヶ月も自宅に戻らず、外で部屋を借りて孤独感を増幅させたといいます。ストイックな役作りと努力で、第58回金馬奨で「最優秀主演女優賞」を受賞したのも納得です。
また、『瀑布』の出演にあたり、賈靜雯(アリッサ・チア)と王淨(ワン・ジン)は鍾孟宏監督のリクエストに応じ、初めて台本を一字一句正確に丸暗記したといいます。「えー」などの言葉や、話すことを停止するタイミングなどまで誤りなく覚えることで、監督の計画通りの緊迫感、臨場感を出せたのでしょう。
ユーモア感じるサプライズ出演
『瀑布』では、主鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の過去の作品、例えば『ひとつの太陽』にも登場した俳優が複数名カメオ出演しています。
母親役・羅品文が働くスーパー・カルフールの上司役を演じる陳以文(チェン・イーウェン)は、『ひとつの太陽』では自動車教習所の指導員として働く父親役を演じました。本作では面倒見が良いスーパーの管理職となりますが、主人公親子の引っ越しを手伝う際に、見知らぬ人に「車のバックもできないのか?運転免許取ってるのか?」と怒鳴るシーンがあり、『ひとつの太陽』の指導員さながらでクスっと笑ってしまいます。
また、『ひとつの太陽』で不良の先輩役を演じた劉冠廷(リウ・グァンティン)は、本作では消防士として登場します。こちらは2021年に台湾で話題になった、消防士を題材にしたドラマ『火神的眼淚』での劉冠廷(リウ・グァンティン)を想起させます。『火神の涙』の題名で日本に上陸予定なので、楽しみですね。
他にも、スーパーでの指導役を演じたのは映画『同級生マイナス』の黃信堯監督だったり、スーパーで出会った精神障害の患者の妹は、実際に魏如萱(ウェイ・ルーシュエン)の妹・魏如昀(ウェイ・ルーユン)だったり、病院の医者が『君が最後の初恋』の許瑋甯(ティファニー・シュー)だったりと、一瞬ですがサプライズ出演が多いです。
『瀑布』の感想・考察
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前半:暗闇の中の絶望編
『瀑布』の前半は、まるでディズニーランドの「スプラッシュマウンテン」に乗るような、暗い洞窟の中でいつ落ちるかドキドキしながら、不穏な空気を味わう気分で見ました。
主人公たちが住むマンションが外壁の防水改修工事を行っていたため、外側から青い帆布で覆われ、家の中は青暗い不気味な雰囲気となっていました。
さらに、冒頭では母・羅品文が大雨の音を聞こえたり、娘が反抗的な態度をとる描写がありましたが、娘視点に変わるとすべて母親の幻想や幻聴であり、徐々に母親の統合失調症の実態が明らかになってきます。
病院に通ったり、薬を飲んだりしても、母の症状はすぐに回復せず、離婚した元夫の帰りを信じたり、会社をクビになっても出社し、火事まで起こしてしまいます。そんな母の変化に悩みつつ、娘・王靜は医者のアドバイス「共感、信じることが大事」を受け入れ、学校を半年休んでケアをすることにします。
前半は、母の症状がピークに達し、仕事も失い、お金にも困り、離婚した元夫は実は離婚前から外で作った子供がいるなど、暗い出来事ばかり描写されます。全く希望が見えない映画なのではと途中から不安になりました。特に主人公たちの自宅はブラインダーが閉まったままで、うす暗い雰囲気がなおさら絶望感を増大させます。
後半:日差しが差し込む希望編
暗い空気が続く前半ですが、中盤に差し掛かると、「スプラッシュマウンテン」の滝から落下し、水しぶきを浴びながら清々しい陽射しを迎える気持ちに変化します。
母・羅品文の症状が少し回復したところで、卵をうまく割ることができない自分に対して苛立つシーンがあり、自分自身の殻を破って現状打破しようとする希望が見えてきました。
しっかり母のことを信じ、寄り添う娘・王靜の健気に頑張る姿には、視聴者としても感動させられますが、娘の愛情もあってか、母・羅品文はどんどん正常を取り戻し、スーパーでの新しい仕事も見つけます。
そしてある日、母は家に蛇が出たと言い始めます。ここが本作における重要な転換点かなと考えています。また症状が悪化して後戻りしたのかと、視聴者としては再び絶望してしまいそうですが、娘の王靜は母を信じ、消防士を呼んで蛇を駆逐してもらいます。
「何回消防車を呼ぶんだ?本当にやめてくれ」と、視聴者の気持ちを代弁してくれるように、マンションの管理人も半信半疑で蛇がいるかを見届けますが、なんとテレビの近くに本当に蛇が潜んでいました!
なぜマンションの高層階に蛇が登場するのか?外壁の工事で迷い込んできたのが作中の理由だが、このタイミングでの蛇の登場は深い意味を持っていると考えられます。蛇は脱皮することから「再生」を象徴しており、前半で自分を閉じ込める殻(卵の殻)をうまく割れなかった母・羅品文が、娘の愛を受け、自分の意志をもって強く前進することを暗示していると思います。
また、スーパーで指導役から「夜はロールカーテンを閉め、牛乳などの温度調整、管理をする。朝出勤したらカーテンを開ける」と教えられますが、その教えにも導かれるように、親子を取り巻く空気は徐々に明るく変わっていきます。
結末:「心配しないで」
紳士的なスーパーの陳主任の助けもあり、小さめのアパートに引っ越し、新しい暮らしを始める親子。自宅でもカーテンを開けて久々に明るい陽射しが差し込んだりと、前半のうす暗い雰囲気から一転し、母の表情も徐々に柔らかくなってきます。
そして大学受験も無事受けることができ、通常の母娘のようにレストランで食事をする2人には、平穏な暮らしが戻ったように見えます。
そんな矢先に、また事件が起きてしまいます。娘・王靜は学校の先生、同級生と一緒に川辺へバーベキューをしに出かけますが、予告なしのダム放水に流されてしまいます。先生からの緊急連絡を受け取った母・羅品文は、心配してテレビのニュース報道を見守りますが、最後に娘が着ている”Don’t Sweat It”の印字があるTシャツを見つけ、ようやく安否確認できてほっとします。
なお、“Don’t Sweat It“は英語で「心配しないで」という意味。この一言に、今までは娘が母を心配し続けてきたが、今度は母が娘を心配する立場に戻るという、2人の気持ちが込められているのではと思います。
なお、結末のシーンについては、「母親の視点でしか描かれていないので、すべてがまた母親の幻想である可能性がある」「娘が生き残ったのは事実ではないかもしれない」「実は娘は助かっておらず、そのストレスから母が統合失調症になったという倒叙形式だ」という見方もあります。
確かにそのような考え方もありますが、個人的にはそれだと2人にはあまりにも酷なので、きっと母・羅品文はカーテンを開いて、蛇のように脱皮して再生し、2人には明るい未来が訪れるものだと考えたいです。娘・王靜のTシャルの言葉”Don’t Sweat It”は、視聴者の我々に「心配しないで、私たちは元気よ」と伝えるメッセージだと信じています。
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