夫からの招待状
2020年4月のある日、夫から急に提案された。「二人のブログを始めてみない?」と。日頃から勉強意欲や向上心が高い夫のことだから、休日はいつもだらだらしている妻に、自己研鑽を促す取り組みなのだろうか?身構えてあれこれコンセプトを聞くと、難しいことは考えなくて良い、ただ二人の日常や記録を残していきたいとのこと。うう・・・、なんてロマンチックなことを考えるのだ。かくして、「日常の幸せ」「小確幸」という言葉に弱い私は、交換日記ならぬ、交換ブログという招待状(挑戦状)を手に入れ、記念すべき記事第一号を書いている。
青春時代のブログ
思えば10年ほど前、まだ高校生だったころ、私は毎週ブログを書いていた。当時、まだFacebookやTwitterなどのSNSがなかったが、かわりにブログが流行っていた。毎週末に新しい記事を書いては、友達の記事も読み、忘れずにコメントを残す。記事クリック数や友達登録数に一喜一憂したり、足跡が残らないよう、こっそり好きな人のブログを見たりなど、実に甘酸っぱい女子高生らしい日々であった(一部虚構あり)。
当時10代であった私は、もちろんSEOやアフィリエイトなどの認識はなく、ただ友達と近況報告するためにブログを書いていた。ただ、自分らしいデザインになるよう、なけなしのhtmlやcssの知識を駆使して、カーソルを十字架に変えたり、文字をパステルカラーに変えたり、いかにも女子高生らしいところに注力していた。肝心の記事内容というと、今読み返すと赤面するようなものが多いが、だいたい以下の通りである。
- 学園生活(青春そのもの。PV、コメントが一番多い):50%
- 日常生活(家族、個人について、そうとう面白くないとPVが上がらない):30%
- 評論家気取りな映画・書評(ロン・ウィーズリーかわいい♡というレベル):5%
- ポエム(コメントできないよう設定しがち):15%
まあ、一貫性もコンセプトもない、どこにもいそうな女子高生の平凡なブログであった。特に「ポエム」については、「学校にいる私はこんなに明るく振舞っているけど、実は人知れずにこんな哀愁を抱いているのですよ」という典型的な中二病の心情を綴っているものだった。
埋葬された黒歴史
どれくらい中二病だったのか知りたいと聞かれそうだが、残念ながら、そのブログは2013年の時に跡形もなく消えてしまった。なぜなら、2010年代以降、ブログにかわり、新にFacebookやTwitterなどの新しいSNSが台頭し、大学生になった私も気づけばFacebookを主戦場と変えていた。そのため、高校時代に愛用したブログサイトは、ユーザー数が減少し続けてしまい、2013年にサービスを停止したのだ。
ブログが閉鎖されると知った時、私と同世代の人々は淘汰されていく「時代の涙」だと嘆き、せっせと過去の記事をバックアップする人もいた。ただ、私は中高生時代を自分の「暗黒時代」と常々考えていたので、時代の流れとともに黒歴史も埋蔵してしまおうと考え、ブログを読み返すこともなく潔く手放した。
7年後の今、夫からブログの話を提案された今、私は高校時代のブログを思い出し、何でそのまま消してしまったのだろうと後悔し始めた。大学生の時は、闇を抱えた思春期の自分を毛嫌い、楽しかった思い出も、苦しかった出来事もすべて捨て去ってしまった。なのに、社会人になった今は、猛烈にセンチメンタルな学生時代が懐かしく思えてきた。これはやはり、年齢が・・・ではなく、自分の中で古典回帰ブームが来ているのかもしれない。
ということで、私はブログを再開しようと思う。そして今回こそ、途中で過去の自分に嫌になったり、記録を消し去ることがないよう、未熟な自分にもしっかり向き合い、ポジティブに日常の気持ちを記録していきたい。
過去のブログや記憶を捨てたことで、自分の一部が欠け落ちていたが、そんな私に新たなピースを与えてくれ、心の穴を埋めてくれた夫には感謝したい。不貞腐れていた私を、百万遍の交差点で一年間待ち続けてくれてありがとう。これからも、百万遍というブログで待ち合わせをしましょう。
Q&A
R to Y:ブログや文章を書く時は、タイトルを先に決める派?それとも内容を書いてから決める派?
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