新型コロナ差別のない世界へ

新型コロナウイルスの拡大

新型コロナウイルス(COVID-19)がグローバルで猛威を振るう中、東京でも毎日の感染者数が100名を超える日が続いており、水面下ではもっと無症状の感染者がいるのではと言われている。感染防止のため移動自粛やStay Homeが最優先事項となった中、もちろん私も真面目に引きこもり生活を続け、2月末から全面在宅勤務し、ジムも解約、さらには今月予定していた結婚式を延期し、渡航制限で地元の台湾にも当分戻れなくなってしまった。

そんな中、日本や各国で中国非難の言論が増えたり、医療従事者や物流業界の方を「コロナ差別」するニュースを目にすることが多く、思わず10数年も前の記憶を思い出してしまった。

2002~2003年:SARS騒動

今流行っている新型コロナ(COVID-19)より前に、MERSやSARSという他のコロナウイルスが特定地域で感染拡大していた。日本ではいずれも被害を受けていないが、SARSは2002~2003年の間に中国から香港、台湾など東アジアを中心に感染を広げていた。特に台湾では、政治的な理由でWHOに参加できず、SARSの感染防止で国際的援助を受けることができなかったこともあり、大きな犠牲を払ってしまった。

そのため、多くの台湾人にとって、SARSは台湾の国際的弱者の立場が否応なく顕在化された事件で、忌まわしい共通認識として共有されているに違いない。ただ、SARSが流行っていた2002~2003年の頃、小学生だった私は台湾ではなく東京に住んでいたため、パンデミックの恐ろしさを身をもって体験したわけではない。そのかわり、東京にいた時は子供心ながら反中意識を感じ取っていた。

その年に起きたいくつかの出来事は、10年以上たった今でも心の奥に深く刻み込まれている。例えば、ある日家族と動物園に遊びに行った時、私が中国語で母親に話しかけると、横に立っていた日本人女性が、慌てて子供を私の横から引き離してその場を離れた。

あるいは、小学校4年生の年に、私は日本語が全く分からない状態で、父親の転勤でいきなり台湾から東京の公立小学校に転校した。同じ学年には、当たり前だが他の外国人の子なんておらず、せいぜいハーフの子が少しいて、他の9.5割は全員日本人だった。半年ほどたつと日本語も覚え、友達も少しできて安心したが、2002年に入ると風向きが急に変わった。自分の身分(台湾人、中国語ができるなど)でからかわれたり、ある日登校したら友達に無視されてそれっきりになったり、全学年の男子生徒から無視され、悪口を言われるようになってしまったのだ。(注:台湾には台湾語という方言もあるが、今は「北京語」、日本でいう中国語が一番の共通語となっている)

当時、外国人は今より差別されやすい環境でもあり、また思春期という敏感な年頃でもあったので、少し我慢すればほとぼりも冷めるだろうと信じていた。それでも学校にいるのがどんどんつらくなり、陰口をたたかれないように、学校では話すことも笑うこともできなくなったり、「あなた何人なの?」と聞かれると、祖母が日本人だからクォーターだと嘘をついたりした。(これで少しは差別されないかなと思ったけど、さすがにハーフとは嘘つけなかったから)

それでも風当りは強かったので、人種でも国籍でもなく、やっぱり自分の性格に難があるのかなと自己否定しはじめ、そこから塞ぎ込み、2年ほど笑うことも泣くこともできなくなった。ただの「陰キャ」になってしまった後、ちょうど父親の辞令も出たので、逃げるように台湾に戻り、そこから何年もかけて自分を回復させてきた。

2020年:新型コロナ差別

時を2020年の現在に戻すと、私は人生で一番大きく挫折し、一番派手に転んでしまった地で再度チャレンジすべく、また東京という地にやってきた。しかも、小学生の時にたてた「一生日本人の男とは結婚しないぞ!」という誓いをあっさり破ってしまった。(誓いは気軽にたてるな・・・)

そして、「コロナ差別」のニュースを日々見ていると、子供だった自分は、実はSARSの「コロナ差別」にあっていたのではないかと思えてきた。20年ほど前の台湾は、今ほど日本での知名度も好感度も高くなく、「台湾から来ました」と自己紹介すると、よく中国またはタイ人として認識されていた。(信じられないが、台湾に送る手紙は何度もタイに送られてしまった。)そのためか、SARSの真っ最中では、ウイルスの発生源といわれる中国が少なからず避けられるように、私もあたかもウイルスのように学校、街中で避けられていたのではないだろうか。

幸い、10数年ぶりに日本に戻った私は、学校でも職場でも国籍で差別されることがなく、逆に台湾出身ということで話題がはずんだりする。周りの人々が分け隔てなく、優しく接してくれることには本当に感謝している。そして、SARSの時にWHOから見捨てられ、そこから17年、自力でパンデミック対応体制を頑張って取り組んできた中、新型コロナの件で日本や海外のメディアでも露出が増えたことについて、感染症が広がる中複雑な気持ちもあるが、やはり喜ばしく思う。

ただ、3月の時期に外で欧米人を見たり、咳をしている人がいると、私もやはり距離を開けたくなり、自分の行動が、まさに17年前の自分を傷つけていたのだなと悲しい気持ちになった。(17年前の自分が「social distance」という概念を知っていれば良かったかもしれない)

差別のない世の中へ

SARSの時期で差別された経験があったからこそ、弱者の気持ちや、何気ない言動が一人の人生を何年も苦しませる可能性があると身をもって体験できた。一方、新型コロナで先行きが不安な今、ウイルスの責任所在を叩いたり、不満を爆発したくなる気持ちも痛いほど理解できる。(もし私に子供がいたら、感染拡大している地域の子供には近づかせたくないだろう)。ただ、かつての自分と同じ苦しみを誰かに与えないよう、「コロナ差別」は絶対にしないよう気を付けたい。また、世の中からコロナ差別だけでなく、あらゆる差別や偏見がなくなるよう願っている。

最後に、医療従事者やインフラの方など、命がけで我々の生活を支え、命を助けてくれる方々には深くお礼を申し上げたい。そして、一日でも早く新型コロナが終息するよう強く願う。


ブログの更新情報をメールでお知らせします。
ぜひご登録ください!


 

最新情報をチェックしよう!