『悪との距離』:台湾メディアの問題や司法課題と、関連する流行語

自粛期間でおうち時間が増えたおかげで、夫と一緒にドラマや映画を見る機会が増えた。最近台湾で話題になり、2019年の台湾版エミー賞で6部門も受賞した社会派ドラマ『悪との距離(原題:我們與惡的距離)』を見たが、無差別殺人事件をめぐる加害者・被害者家族の心情、ネットのバッシングなど、日本とも通じる社会問題が多く描かれていた。

夫と感想を語り合うと、メディアの在り方や、司法に対する世論などについて、一部台湾と日本で異なる特徴もあり、ドラマ内でも関連する台湾流行語が多く出てきたので、今日はそれについて語ろうと思う。

メディアの問題(勉強しないと末は記者だぞ)

ドラマ内ではメディア報道の妥当性や、台湾のメディアリテラシーについて考えさせられる場面が多かった。例えば、何か事件が起きた時に、すぐに記者たちが駆けつけて中継を始めたり、同意なしに加害者・被害者家族に大勢のメディアが押しかけて取材したりすることが多く、テレビで放送され、さらに大衆やネットのバッシングが加わることで当事者らが苦しめられている。

メディアが押しかけて取材するシーン(出典:Amazon Prime Video)

主人公宋喬安(ソン・チャオアン)がテレビ局で働くシーンでも、やたら「質よりもスピード」「スクープ」「ゴシップ」が強調される。営業部から売り上げや視聴率を追求されたり、メディア関係機関から質を上げろと言われ、間に挟まれる宋喬安は終始悩みつつ、こんな名言を言っている。

「我們Daliy新聞,是要做給一般的觀眾,一般觀眾只有七歲的智商,只有國中的程度。」

辛党R訳:我々デイリーニュースは、一般大衆向けのニュース番組を作っている。一般大衆は7歳児の知能しかない、中学生レベルなのよ。

『悪との距離』宋喬安のセリフ

「沒有收視率怎麼會有錢買外電新聞?國際新聞怎麼撐?想看深度的觀眾能在哪裡看?」

辛党R訳:視聴率が高くなければ、外国ニュースを買いつけるお金なんかないでしょ?グローバルニュースはどうやって続けるの?深みのあるニュースを見たい視聴者はどこを見れば良いの?

『悪との距離』宋喬安のセリフ

この二つの名言が、まさに近年の台湾メディアの問題をうまく象徴している。

日本のテレビ番組では、あまり扇動的なニュースを報道している印象はなく、ゴシップやスクープは文春みたいな週刊誌が報道しているイメージが強い。ただ、台湾では、BBCやCNNのようなニュースに特化したチャンネルが、地上波やBSを含めると10社以上もあり、毎日朝から晩までニュースや評論番組をやっている。競合が多すぎるため、視聴率を求めるあまり、手段をかまわずスクープや特ダネをとってきたり、誇張された報道、裏取りなし、やらせ、プライバシー侵害などが10年ほど前から問題になっていた。

記者が事件現場で中継するシーン(出典:我們與惡的距離 The World Between Us
加害者家族に突撃取材するシーン(出典:我們與惡的距離 The World Between Us

ただ、台湾の視聴者でも、徐々に「ニュースが扇動的すぎる」「質が低い」「グローバル視点に欠ける」などの批判が出てきて、「媒體殺人メディア殺人)」とまで言われるようになった。ドラマ内でも何度か「少時不讀書,長大當記者若いころに勉強しないと、将来記者になるしかないぞ)」というセリフが出てきたが、これは台湾のニュース番組の素質低下を揶揄してネット民が作り、大流行したネットスラングである。

その後、民間や社会団体でもメディアの在り方について関心が深まり、「媒體自律メディア自粛)」が求められるようになった。それでも、選挙の時期になると、偏った立場の報道が見られるなど、まだまだ報道の問題点を耳にする。そのため、このドラマでも改めて問題提起し、視聴者にも再考するよう促したのだろう。

司法の課題(恐竜裁判官)

ドラマで語られるもう一つの問題は、どう精神障害者の殺人犯を裁くのか、犯罪者に人権はあるのか、などの司法問題である。ドラマを見ると、台湾でここ10年に起きたいくつかの司法論争を思い出す。

一つ目は「死刑は必要か、廃止すべきか」という論争だ。台湾は今でも死刑が存在するが、2001年あたりから、人権保障やグローバルの潮流を考え、死刑の廃止を検討する動きがみられるようになった。ただ、凶悪犯罪が起こるたびに、死刑の存続について議論が繰り広げられ、世論調査によると、死刑の廃止に反対する人はまだ多いようだ。

二つ目は、台湾の「恐竜裁判官」という流行語が表す、性暴力や傷害事件の刑が軽すぎることに対する批判である。ドラマ内でも、幼児に対するわいせつ事件の判決が軽すぎた時、殺人事件の加害者が精神障害を理由に死刑ではなく終身刑になった時に、民衆が「刑が軽すぎる!」「恐龍法官(恐竜裁判官)だ!」とざわついている。

この「恐龍法官恐竜裁判官)」「恐龍判決恐竜判決)」という言葉は、2009年あたりから出てきた用語で、字面通り「恐竜のように太古の時代に生き、現代に追いついていない判決を出している」ことを風刺している。特に2010年の時、6歳の女の子を性的暴行した男に対し、裁判官が「女の子があきらかに抵抗している証拠が不十分」という理由で、わずか3年の有期懲役を出したことで世間の不満を招き、裁判官への批判や「白バラ運動」というデモにまで発展している。

このように、死刑をなるべく減らす動きと、「相応の罰を」と考える社会一般の道徳基準に挟まれ、司法界も頭を悩ましていたが、白バラ運動などの動きによって、児童に対する性的暴行の刑罰を強めたり、重大事件の判決はニュースリリースで裁判官の名前を公表するなどの改善案も見られた。

ちょうど日本でも、2019年から性暴力の無罪判決が相次ぎ、「#MeToo」「#WithYou」や「フラワーデモ」の社会運動があったり、娘に性的暴行をし続けた父親が、抵抗の意思が見られなかったことで無罪判決になると、ニュースや世論で「絶望だ」「おかしい」という批判が出ており、台湾と同じように、女性の社会的地位があがり、声を上げる人が増えたのかなと感じた。日本も台湾も、どう法律で弱い立場にある人々を守るのかが、今後重要な課題になってくるだろう。

ネットリテラシーの問題・加害者家族の心情

他にも、ネット民による誹謗中傷や、ネットいじめなど、日本とまったく同じような問題が取り上げられている。また、殺人事件の加害者家族の立場については、ちょうど2020年1月の日本ドラマ『知らなくていいコト』、『テセウスの船』の題材にもなっており、日本や台湾の社会を比較しながら見るとおもしろい。

ちなみに、夫が前の記事「台湾ドラマ「悪との距離」:日本人が選ぶ台湾の「素敵な奥さん」ランキング」で「宋喬平(ソン・チャオピン)の胸の小鳥が気になる」と書いていたが、調べたら日本の「ことり隊」というキャラの「カモ」だった。インタビュー記事を読むと、実際にソーシャルワーカーを取材し、癒しや患者さんとの距離感を縮めるために可愛いグッズを買う人が多いので、カモちゃんを身に着けて役作りをしたらしい。本当に癒された。

宋喬平の胸の小鳥①(出典:公共電視_我們與惡的距離
宋喬平の胸の小鳥②(出典:我們與惡的距離 The World Between Us

Q&A

Y to R:『恋々風塵』で都会の色に染まったアフンと染まれなかったアワン、どちらに共感しますか? ⇒ 難しいけど、染まらずに泣き寝入りしているアワンの不器用さに惹かれるかもしれない。

R to Y:今シーズンで一番好きな日本ドラマのキャラは誰ですか?


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