『呪詛』(原題:咒、英語題名:Incantation)は、2022年3月に台湾で上映されたホラー映画。「台湾史上最も怖いホラー映画」と称されています。監督は学生時代からホラー映画を制作してきたという柯孟融(ケヴィン・コー)。主演は蔡亘晏(ツァイ・ガンユエン)、黃歆庭(ホアン・シンティン)、高英軒(ガオ・インシュアン)ら。
台湾で3月に上映された以降、2022年公開映画の興行収入で新記録を樹立したほか、台北電影節(台北映画祭)で「最優秀美術設計賞」と「助演男優賞(里親を演じた高英軒)」を獲得しました。
また、早くも2022年7月からNetflixでグローバル配信が開始され、7月4日~10日のNetflixグローバルトップ10(映画・非英語)で4位にランクイン。日本でも1位になり、ネットニュースでも話題になりました。
ホラー映画が苦手で、お化け屋敷で絶叫しすぎて知らない人から「満喫してるね」と苦笑いされた私ですが、ランキング上位に入った台湾映画は応援しなきゃ!と思い、勇気を出して夫と昼間に見ました。
全体の感想として、思ったほど怖いわけではないものの、まるで自分がその場で目撃しているようなカメラワーク、吐き気がするようなグロい場面、最後に裏切られるようなどんでん返しがあり、緊張感溢れる視聴体験となりました。
この映画の基となった台湾で実際に起きた事件、台湾人ならよく知るオカルトの要素などについて、台湾人目線でまとめてみたいと思います。
『呪詛』のあらすじ
李若男(リー・ルオナン)は彼氏の陳立東(愛称:阿東 アードン)、彼氏のいとこ陳振原(愛称:阿原 アーユエン)とオカルト系チャンネルを運営し、各心霊スポットでライブ配信を行う。6年前、3人は陳家の遠縁の親戚を訪れ、カルト宗教施設で禁断の地下道に入るが、眠っていた邪神を起こしてしまう。祟りで阿東(アードン)と阿原(アーユエン)、他のカルト宗教のメンバーが次々と死んでしまう中、若男(ルオナン)だけが生き残る。
6年後、若男(ルオナン)はトラウマと精神病を克服し、娘の陳樂瞳(チェン・ラートン。愛称:朵朵 ドゥオードゥオー)の親権を取り戻し、親子で二人暮らしを始める。しかし、見えない何かに怯えたり、謎の皮膚病にかかったり、半身不随になったりと、原因不明の現象が起きる中、若男(ルオナン)は6年前の邪神の呪いが再び降りかかったと信じ、再び禁断のカルト宗教施設へ戻り、娘を助けようとする……。
▼予告
『呪詛』の感想・見どころ
↓↓以下ネタバレにご注意ください↓↓
実際の事件に基づくストーリー構成
カルト宗教と邪神による呪いで、まわりの人々が次から次へと亡くなるというストーリーですが、2005年に台湾南部・高雄で実際に起きた謎の集団妄想事件に基づいています。
2005年2月、高雄の鼓山区に住む呉家という6人家族(娘3人、息子1人)のうち、一番小さい娘が突然「三太子」(哪吒太子、哪吒三太子とも。道教の神様)に憑依されたと言い、長女にすぐ台北から高雄まで避難に戻ってくるよう言い出しました。
長女は高雄の実家に戻りますが、今度は長女が「観音菩薩」に憑依されたと言い出し、自分を殴打するような行動も取るように。信心深い呉家の一家は、長女を修行へ連れて行ったり、お参りへも行ったりしますが、改善が見られませんでした。
さらに事態はエスカレートし、他の家族もそれぞれ「玉皇大帝」「王母娘娘」「七仙女」などの道教の神様に憑依され、家族6人でお互いに傷害を与えたり、燃えているお香で相手を攻撃したり、塩やお米を投げ合ったりしました。しまいには悪霊を追い払うためと称し、お互いの糞を食べ、尿をかけ始めました。
この状態は一ヶ月続き、家族6人とも食事を拒否し、お水だけ飲んでいました。近隣の住民も恐ろしさのあまり家に戻らず、誰も呉家の家族を助けることができませんでした。
二か月後の4月に入ると、長女は亡くなりますが、他の家族は彼女に憑依した「悪霊」がいなくなっただけで、長女本人はまだ生きていると信じていました。最後は母親が長女の霊に憑依されたことで、一家はようやく長女が亡くなった事実を受け入れます。
その後、呉家の5人は遺棄致死罪で起訴され、精神科医の鑑定結果によると、一家は集団妄想にかかっていたのではないかとのことでした。
※参考:Netflix《咒》真實故事比電影更可怕!一家六口接連起乩,拿香互焚餵屎…最後喝符水暴斃,一窺高雄駭人聽聞慘案
恐ろしい、かつ真相が謎に包まれた事件が過去に起きてしまいましたが、映画『呪詛』はこの出来事から着想を得たと言います。もちろん映画に登場するカルト宗教の拠点や、「仏母」という神、呪文などは実際の事件とは異なりますが、カルト宗教によって娘の命に危険が及ぶこと、娘を助けるために「絶食・水だけ飲んで良い」という設定は、上記事件からの影響を受けていると思われます。
没入型体験ができるホラー
『呪詛』がNetflixでグローバル配信されると決まった時、台湾の友人からは「特に撮影手法と、体験型ホラーという点が斬新なので、ぜひそこは実感してほしい」と言われ、それがきっかけで視聴しましたが、まるで自分がお化け屋敷に入って、自分の目線で怖い現場を見ているような映像が確かに独特でした。
まずはカメラワーク、主人公の若男(ルオナン)がビデオカメラで撮影した映像や、6年前にオカルト系チャンネルでライブ配信する映像などが多く、三人称視点ではなく、主人公の目線に寄り添って、一人称で物語の展開を見ている感覚が強かったです。
また、冒頭と最後に度々登場しますが、若男(ルオナン)が我々視聴者に向かって語り掛けるパートもあり、「さあ、一緒に祈りの呪文を唱え、このように手のポーズをとりましょう」と呼びかけられることで、否応なく話の展開に吸い込まれていきます。最後の展開では、実は呪文は祈りのためではなく、邪神の呪いを我々にも分散・転嫁するためのものだという、非常に胸糞悪い展開には、全米、いや、全世界の視聴者はきっと「騙された!!」と怒るでしょう。
特に、この呪文「火佛修一,心薩嘸哞」(ホーホッシオンイー・シーセンウーマ)は、実は台湾語の発音で「禍福相倚,死生有名」(禍と福は隣り合わせ)という呪文であると最後に明かされた時に衝撃を覚えましたが、最初に祈りの言葉だと騙され、最後に「あ、もう遅い」と事実を知る過程は、まさにカルト宗教によるマインドコントロールではないかと感じました。
なお、この呪文や手のポーズは、台湾で映画が上映された後に一時期流行った印象で、よくSNSやネットで見かけました。
台湾人の共同記憶を呼び覚ますオカルト要素
「カルト宗教の神様の祟り」という呪怨系の設定がそもそも怖いですが、台湾人なら馴染みのあるオカルト要素、禁忌(タブー)が盛り込まれているので、台湾人としては主人公の恐怖に非常に共感できます。
例えば、大黒仏母という邪神に名前を聞かれ、自分の名前を教えてしまったら、憑りつかれて発狂し死んでしまうという設定は、「夜遅い時、鬼月(旧暦7月)の時、お墓参りや、肝試しなどの場面では、名前(フルネーム)を話したり、呼んだりしてはいけない」という台湾の禁忌から影響を受けていると考えられます。
台湾では中華圏の影響を受け、「あの世」との境目が近い時間帯・時期・場所にいる時にフルネームを呼ぶと、霊に捕まりやすくなる、自分の魂が抜けやすくなるという言い伝えがあります。この言い伝えは幼少期の頃から大人より注意され、学生時代の肝試しでも(雰囲気づくりの側面もあるものの)厳しく言われ続けられました。
なので、『呪詛』で呪いを受けた彼氏の阿東(アードン)と、とても良い人だった里親の謝啟明(シエ・チーミン)が最期に、自分の名前を唱えて自死してしまうシーンは、台湾人としては「名前を教えてしまったからもう生きられない……」と納得してしまいます。いとこの阿原(アーユエン)が「俺に聞くな、もう聞くな」と狂ったように叫んでいたのも、大黒仏母から名前を聞かれていたのでしょう。
また、若男(ルオナン)の娘は、本名と全く漢字も発音も関係ない愛称「朵朵(ドゥオードゥオー)」で呼ばれていましたが、二人暮らしを始めた後、「あなたの本名は陳樂瞳(チェン・ラートン)よ。こうやって書くのよ」と教えるシーンがありました。少し大袈裟に感じるこのシーンでは、「父不詳だからなのかな」と違和感を感じましたが、彼女は「わざと娘の本名を伝え、呪いが降りかかってから多数の人に転嫁しようとした」のか、「知らずに本名を言ってしまい、娘に降りかかった呪いを止められなかった」のどちらなのかなとは思います。
他の台湾的オカルト要素としては、絶対入ってはいけない地下道の入り口は、台湾のお墓の形に似ているところ、仏像が動いて背を向けるところなど、「返校」のゲームやドラマを見たことがある方なら分かると思いますが、全体の雰囲気が台湾のホラーっぽいです。
親の愛とは?母親と里親の愛情について
母親役を演じた蔡亘晏(ツァイ・ガンユエン)は、初の映画主演でしたが、劇場時代から培った演技力を生かし、娘を思う母性と、他人を陥れてることも厭わない狂気をうまく演じたと思います。
また、良い人だったので犠牲になってほしくなかった里親を演じた高英軒(ガオ・インシュアン)は、台北電影節(台北映画祭)で「助演男優賞」を受賞しましたが、この方が朵朵(ドゥオードゥオー)のために中国まで謎を解明しに行って、自らの命も犠牲にしたのに、結局母親は最初からすべてを分かっていたので、本当に報われなさすぎて悲しいです。
二人とも最終的に、朵朵(ドゥオードゥオー)のためなら命を投げ捨てても構わないという結末になりましたが、実の母親である点と、カルト宗教に接触し、無力を感じている点から、母親は狂気に走ったのでしょうか。自業自得だとは思いますが、6年前にあの地下道へ行った時は、「あの女の子が心配」「他の子どもがいたら助けないと」と考えていた時からかなり変貌してしまって皮肉です。
『呪詛』カルト宗教拠点のロケ地
主人公らが6年前に訪れた、カルト宗教の本拠である山奥の村は、実は作られた撮影セットではなく、実際にある「李崠山莊」という民宿でした!
台湾北部・新竹県尖石郷玉峰村の「李崠山莊」(または「李棟山莊」)は、桃園県復興郷との境界線近くにある標高1,914mの「李崠山」(または「李棟山」)の登山口付近に位置し、「台湾版ハウルの動く城」という素敵な別名もついています。
登山客が宿泊、休憩できるよう、一代目の民宿のオーナー・朱萬鶴氏によって建てられましたが、2018年11月に火事が起きてしまってから、二代目オーナーである蔡清郎氏が引き継ぎ、修繕作業などを行ってきたといいます。
映画では不気味な舞台として描かれましたが、実際の「李崠山莊」は怪奇現象などは全く起きず、自然を楽しむ登山客の憩いの場となっているとのことです。また、オーナーは原住民の泰雅族 (タイヤル族)であることもあり、オーナーが管理する公式Facebook「李崠山莊」では、今の民宿の写真や、山の自然を守る写真が投稿され、ご先祖様が残してきた猟場や自然を守る気持ちが伝わってきます。
▼火事の後修復された「李崠山莊」と、二代目オーナー
▼台湾で『呪詛』が上映された際、「ここで撮影された映画『呪詛』が台湾各映画館で見れますよ」と投稿している。一代目、二代目オーナーのプロフィール写真も微笑ましい~
『呪詛』の続編、三部作構想について
台湾やグローバルでも話題になった『呪詛』ですが、監督の柯孟融(ケヴィン・コー)は2022年4月30日に個人のFacebookで、「『呪詛2』を制作する予定がある」「三部作の構想もある」と述べています。
まずは三部作構想については、一作目の『呪詛』(咒)に続き、二作目の『醃』、三作目の『困』を制作する着想があるとのことで、三作品の共通点としては「すべて近年の台湾で実際に起こった恐ろしい出来事に基づく」ことが挙げられています。
また、続編の『呪詛2』については、前述する三部作とは独立し、『呪詛』の外伝としての位置づけになります。娘の朵朵(ドゥオードゥオー)を主人公とし、シリーズ1の内容を引き継ぎますが、異なる手法で話を描く予定であることが明らかにされています。
朵朵(ドゥオードゥオー)を演じた黃歆庭(ホアン・シンティン)は、上映当時にまだ6歳という幼い年齢ながらも、あの怖い雰囲気や不気味な化粧を耐えて、素晴らしい演技を見せてくれたので、続編での活躍も期待ですね。
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