台湾ドラマ『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』(原題『人選之人—造浪者』、英語タイトル“Wave Makers”)は台湾の総統選挙をテーマとした台湾ドラマ。2023年4月からNetflixでグローバル配信開始。謝盈萱(シェ・インシュエン)、黃健瑋(ホアン・ジェンウェイ)、王淨(ワン・ジン)、戴立忍(レオン・ダイ)、陳姸霏(チェン・イエンフェイ)ら主演。
昨日2024年1月13日、台湾では総統選挙が行われましたが、選挙前からの選挙活動や大型屋外イベントを実施したり、投票する側もSNS上で意思表明したり、実際にイベントに出向いて候補者を応援したりと、台湾の選挙は日本では想像できないくらい熱気に包まれるイベントです。
また、日本では台湾と中国の関係性、対中政策について注視されがちですが、実際に台湾で暮らす人々にとっては国際政治のマクロな観点以上に、経済政策、環境問題、少子化対策など、もっと身近に関わる社会課題と政策に関心がある人が多いです。
このドラマ『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』を見ると、架空の話ではあるものの、台湾の総統選挙で候補者側がどのように票を獲得しようと奮闘するのか、投票する側もどのような観点で関心を持っているのか、さらには前日の夜に行われるイベント「選前之夜」の規模間など、台湾のリアルな選挙風景を垣間見えます。
『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』あらすじ
政治一家に生まれた翁文方は議員の再選で落選し、正義党の広報部の報道官となり、裏方として選挙活動を支えることに。理想と現実の選択に悩むなか、台湾総統選挙を目前に控える彼女たちは、総統候補者を荒波の先頭へ押し出すことができるのだろうか?
▼予告動画
『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』から見る台湾の選挙文化
ドラマ内から分かる台湾選挙文化について、特に日本と異なる点や用語について紹介します。
造勢晚會
「造勢晚會(造勢晩会 / zào shì wǎn huì / ㄗㄠˋ ㄕˋ ㄨㄢˇ ㄏㄨㄟˋ)」とは、選挙活動の一環としての大規模な決起集会、候補者も応援者も集まって大いに盛り上がるイベントのことです。特に投票日が近くなると、候補者は各地を回って「造勢晚會」を行います。
「造勢」はその名の通り「勢いを造る」という意味で、日本だと想像しにくいかと思いますが、屋外フェスティバルくらいの規模感で、参加者は老若男女問わず、若者の参加者も多く、みんなで旗を振ったり大声を出して応援します。さらには、ダンスや踊りなどで場を盛り上げることも見たことがあります。
選前之夜
上述した「造勢晩会」の中で、投票日前日の夜に行われる「選前之夜(xuǎn qián zhī yè / ㄒㄩㄢˇ ㄑㄧㄢˊ ㄓㄧㄝˋ)」が最後の決起集会です。
名称の通り「選挙前の最後の夜」という意味ですが、台湾の公職人員選舉罷免法によると、候補者は投票日前日の夜10時までにすべての集会や選挙キャンペーンを終える必要があるため、前日の最後の夜が集大成で、一番の盛り上がりを見せます。
(ちなみに、投票する側は投票日当日の00:00から、自分がどの候補者を支持しているか、あるいは指示しないかという意思表明を他人に明かしてはいけないという規則もあります。投票日当日に、他の人の投票意志に影響を与えてはいけない、というのが理由ですが、SNSやLINEなどで支持する対象者の番号や名前を指や髪型、服装で示すのもNGです。)
ドラマ第7話にて、台湾総統府前の凱達格蘭大道(ケタガラン大道)で「選前之夜」なる決起大会が行われるシーンがありますが、大勢の人々が集まるこのシーンはCGで編集したとのことです。
造勢遊行
夕方以降のイベントだけでなく、昼間にも「造勢遊行(zào shì yóu xíng / ㄗㄠˋ ㄕˋ ㄧㄡˊ ㄒㄧㄥˊ)」といって、大通りで行進することがあります。「遊行」は中国語では行進する意味。日本でいうとデモ行進に近いイメージです。
掃街
「掃街(sǎo jiē / ㄙㄠˇ ㄐㄧㄝ)」はもともと街中の掃除をするという意味だが、選挙活動においては道路上を歩きながら、あるいは車を走らせながら「ぜひ○○に投票してください」とアナウンスする行為です。
日本でも街宣車が走ることは見られますが、台湾だと日本より車の台数など規模が大きかったり、候補者が街中の人々と握手したりと、距離感と熱気が違うのでしょうか。
凍蒜
「凍ったニンニク?」と海外メディアで今回の選挙報道で変わった翻訳がされたようですが、決して凍ったニンニクというではありません。
「凍蒜」は台湾では選挙で「当選」することを指し、台湾語の「当選(tòng-suán)」から来ています。中国語(北京語)の発音で当て字として「凍蒜」という表記をすることが多いです。ドラマ内でも造勢晚會などのイベント時に、よくこの言葉が叫ばれています。
選挙グッズ
日本では禁じられていますが、台湾だと30元以下のグッズであれば配布してOKという暗黙の了解があり、選挙期間になるとティッシュ、マスク、うちわ、ペンなど様々なグッズをもらう機会が増えます。
ドラマに登場する広報部でも、グッズやポスターなどのデザインを担当するメンバーがいましたね。以下が実際にもらったグッズの写真です。
『WAVE MAKERS ~選挙の人々~』で描かれる社会課題
台湾の総統選挙活動にフォーカスしつつ、このドラマにはいくつかの社会課題にも言及しております。
動物愛護をめぐる課題
ドラマ内では総統候補者がペットに噛まれる、という描写がありました。実際の台湾社会でも叫ばれる動物関連の課題、例えば野良犬や野良猫対策、ペット虐待などの問題を連想させられます。
余談ですが、総統候補者を演じる賴佩霞が2023年9月に「副総統候補者として、郭台銘と一緒に選挙に立候補する」というニュースがありました。ちょうど金鐘獎(台湾の放送文化に関する賞)で助演女優賞にノミネートされたタイミングで、ドラマでは総統候補者、実生活では副総統候補者と話題に。結局総統選には参戦しなかったですが。。
環境問題
ドラマ内では「BPL」という架空の生分解性プラスチックを通して、政治家が利益を不当に得ようとする描写があります。台湾でも日本でも環境問題は常に注視されており、海洋生物への影響、ゴミやプラスチックの廃棄量増加、原子力発電の是非など、様々な議論がなされています。
新住民政策
台湾では、台湾人と結婚して台湾に移り住んだ外国籍の方たちのことを「新住民」と呼びます。ドラマ内では新住民に対して差別的な発言をした政治家がいましたが、差別はあってはならないことが思い知らされます。また、新住民とその子供たちは増えているので、母国語の教育や就職支援などの取り組みが求められます。
ジェンダー平等、LGBT
ドラマ内ではLGBTをカミングアウトしたことで選挙活動が不利になったり、自分の親にも理解されないという描写がありました。台湾では2019年5月から同性婚が合法化され、アジアで初めて同性婚ができるようになりましたが、まだ年齢層や立場によっては理解を得られないことがあるので、ドラマ内ではその問題について掘り下げています。
セクハラ
ドラマ内では、公正党の職場でセクハラが起きて対処することになり、選挙活動に影響がでないよう尽力する描写がありました。実際に台湾では、2023年6月に民進党の元職員がセクハラ被害を訴えるという事態があり、タイミングも選挙半年前だったので、まるでドラマのような展開だと感じました。
リベンジポルノ
リベンジポルノとは、元配偶者や元恋人が嫌がらせや復讐目的で、相手の同意なしに性的な画像や動画を公表することを指します。ドラマ内ではリベンジポルノをめぐって女性が苦しみ闘う内容がありましたが、インターネットの普及により台湾や他の国でもこのような問題が発生しています。
共働き夫婦の家事育児分担
日本では保育園待ち、家事育児の分担課題が叫ばれますが、台湾では共働きが多く、同じように家事育児の分担が夫婦の永遠の課題となります。
ドラマ内ではお互い仕事が多忙な夫婦が、子育てや家事の分担について何度も話し合いう内容がありましたが、夫婦役を演じる役者2名は実生活でも夫婦で(黃健瑋と蔡亘晏)、奥さんを演じる女優の蔡亘晏は、台湾映画『呪詛』(原題:咒)の女性主人公なのに驚き!
死刑制度の存廃
ドラマ内で総統候補者が大学生から死刑制度の存廃について意見を求められるシーンがありましたが、現実社会でも人権問題などをめぐって、死刑制度に対する議論が繰り広げられます。
環境や死刑制度などの社会全体に関わる課題から、セクハラなど職場でも直面する問題、さらには家事育児の分担など家庭と個人間の問題など、様々な粒度の課題がこのドラマで描かれますが、何か答えを提示するわけではなく、お互いの主張を理解し合い、最適な解決法を見つけていく。それが民主主義社会において求められることだと、このドラマを見て改めて感じました。
※ヘッダー画像は公式Facebook「人選之人—造浪者 Wave Makers」より
ブログの更新情報をメールでお知らせします。
ぜひご登録ください!