ホラーゲームをもとに製作された台湾ドラマ『返校』が、12月5日(土)に満を持してNetflixで公開された。ホラー映画が大の苦手な私ですら気になりすぎて、夜中に第2話まで見てしまったが、予想以上に面白い!
前回の記事でも紹介した通り、『返校』では過去に台湾で起きた「白色テロ」をテーマに物語が進む。ドラマ版『返校』の時代背景は戒厳令が解かれた後(白色テロが終わった後)の90年代だが、舞台となる「翠華中學」(翠華高校)は時間が止まったままで、随所から「白色テロ」当時と同じような出来事が見られる。そこで今回は、ドラマ内で見られる白色テロの象徴「禁書」「禁歌」「鬼札(幽霊札)」「監視・密告」について考察していきたい。
※一部ネタバレにご注意
禁書
「禁書」とは、政府が人々の思想を統制するために、特定の書籍を禁止することである。白色テロ時代では、共産主義、左翼的思想、日本語、政府当局を批判する言論、風紀を乱す内容などが含まれる本であれば、一律「禁書」として見なされていた。もし「禁書」を所有したり、読んでいることが発覚すれば捕まり、罰を受けるか、処刑される人もいたという。
ドラマ『返校』の第1話では、転校生の劉芸香(リウ・ユンシアン)が翠華高校に登校した初日に、校門で教官(※)に持ち物検査をされるシーンがあるが、これはまさに白色テロ時代の「禁書」を探す行為と重なる。
※教官とは:台湾の高校や中高一貫校、大学では、軍人が駐在する習慣があった。戦後や戒厳令の時代では、学生に対して軍事訓練や思想教育を行うのが主な役割だったが、1987年に戒厳令が解かれた後は、学生や校舎内の安全を守り、国防関連の授業を行うのがメインとなった。なお、2000年代以降になると、教官の必要性が度々問われた結果、教育法が改訂され、2023年以降は全面的に教官制度を廃止することが決まっている。
90年代以降になると、学校に駐在する教官の役割は、生徒の安全確保が主になるはずだが、翠華高校の「白教官」は軍人を訓練するような態度で生徒や教師に接しており、白色テロの封建的なルールが残っていることが読み取れる。
この教官のシーン以外にも、多くのシーンで本の題名が分かるようクローズアップされている。白色テロ時代だけではなく、世界的に有名な禁書(例えばディストピア小説、官能小説など)も多く登場しており、戒厳令の世界観を醸し出している。
ドラマ版『返校』に登場した書籍・禁書
オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(中国語題名『美麗新世界』)
1932年刊行、有名なディストピア小説。ドラマ第1話で主人公・劉芸香(リウ・ユンシアン)が引っ越し先で見つけ、開くと中には先輩・方芮欣(ファン・ルイシン)らの集合写真らしきものが出てくる。
ジョージ・オーウェル『一九八四』
1949年刊行、『すばらしい新政界』と並ぶ有名なディストピア小説。ドラマ第1話で、劉芸香がバスに乗って町に到着したシーンと、初日に登校して教官から持ち物検査をされたシーンで登場する。
エミール・ゾラ『ナナ』(中国語題名『娜娜』)
1880年刊行、フランス第二帝政期のパリを舞台にした高級娼婦の物語。官能的な内容から世界十大禁書とされる。ドラマ第2話で、「筆仙」(コックリさんに似た降霊術)で意識を失った劉芸香が幻覚を見るシーンで登場し、方芮欣(ファン・ルイシン)の過去に繋がるものと推測される。
イワン・ツルゲーネフ『父と子』(中国語題名『父與子』)
1862年発表、ロシア大文豪の名作。ロシアの知識人の思想を描いていることで、反共産主義の国策に背くと見なされ、戒厳令時代に禁書とされた。また、内容ではなく、翻訳者が中国大陸に残って創作していた理由からも禁止された。ドラマ第2話で上記『ナナ』と一緒に登場する。
ただし、台湾の翻訳史を研究する台湾師範大学教授・賴慈芸氏によると、台湾の禁書令は1959年に改正され、翻訳者が中国にいることを理由に禁止された書籍は、翻訳者の名前を変えることで禁書リストから外されていた。なので、『返校』の60年代では、すでに合法的に『父と子』を読めるはずだったという。
※参考資料:《返校》禁書有Bug?翻譯偵探賴慈芸教授揭密「同學其實不用抄書啊….」
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー『ウォールデン 森の生活』(中国語題名『湖濱散記』)
1854年刊行、作者がアメリカ・ウォールデン池のほとりで2年に渡って送った自給自足な生活を綴った回想録。1959年までは、上記『父と子』と同様、翻訳者が中国で暮らしていたことを理由に禁書とされ、その後翻訳家の本名を伏せて出版されることになった。
ドラマ第3話で、主人公・劉芸香(リウ・ユンシアン)が自宅に戻り、方芮欣(ファン・ルイシン)の遺物を見つけ出した時に『森の生活』と赤い表紙のノートが登場する。後に分かるが、ノートは方芮欣と教師・張明暉(チャン・ミンホイ)の思い出が詰まった大事なもので、書籍『森の生活』も張明暉の影響を受けて読んでいた書籍だろう。ここで教師らが禁書をめぐって、読書会事件の悲劇に遭遇することが暗示されている。
禁歌
「禁歌」とは、すなわち政府から禁止された歌である。日本統治時代から、すでに政府の政策に反する歌を禁止する政策があったが、白色テロ時代になると、「禁書」と同じ基準で、共産主義、左翼的思想、日本語、政府当局を批判する言論、風紀を乱す内容が含まれている歌はすべて禁止された。なので、日本統治時代の歌謡や、恋愛に関する歌はすべて「禁歌」となってしまったのだ。
ドラマ版『返校』に登場した禁歌『雨夜花』
ドラマ『返校』では有名な禁歌のうち、『雨夜花』(ウーヤーホエ)という台湾の民謡に焦点を当てている。もともと日本統治時代の詩人・廖漢臣が作詞した童謡『春』で、鄧雨賢が1933年に作曲したものだ。その翌年に、この曲を聞いた周添旺が駆け落ちの恋をテーマにした歌詞に変えた結果、大ヒット曲『雨夜花』として生まれ変わった。
その後、第二次世界大戦の時に、日本総統府は台湾人を戦争に行かせ、士気を高めるために、この曲を『譽れの軍夫』という軍歌に作り替えた。日本統治時代に軍歌だった背景や、歌詞が駆け落ちや花柳界に堕ちた女性を描いており、風紀を乱すと見なされたのか、白色テロ時代には禁歌と指定され、歌うことも聞くこともできなくなったのだ。
ドラマ第1話では、白色テロの読書会事件で投獄され、トラウマに苦しむ魏仲廷(ウェイ・チョンティン)が、ラジオから流れる『雨夜花』を聞くとおどおどし始めている。このように、ドラマ内で「禁歌」は絶対的権威に対する恐怖心を象徴している。また、歌詞が「愛する男と結婚するために駆け落ちしたものの、男が浮気して見捨てられ、故郷に帰れず台北の花柳界に身を投じる」話を描くため、60年代の女学生・方芮欣(ファン・ルイシン)と教師・張明暉(チャン・ミンホイ)の悲恋を暗示しているとも考えられる。
▼『雨夜花』のメロディは動画1:37から(公式YouTubeより)
「鬼牌」(「幽霊」の札)
翠華高校では、成績が悪い子、ルールを破った子などに「鬼」(日本語でいう幽霊)と書かれた木札を掛け、あらゆる雑用を押し付ける謎ルールがある。例えば城隍廟五代目・程文亮(チョン・ウェンリアン)は成績が悪くクラスの足を引っ張っていることを理由に札を掛けられ、主人公・劉芸香(リウ・ユンシアン)は無断で涵翠樓に立ち入ったことで教官から札を掛けられる。
この謎のルールは、「方言札制度」の木札を想起させられる。「方言札制度」とは、方言禁止令を破った人に「方言札」を掛けさせ、見せしめにする手法で、古くからフランスやイギリス、日本などで標準語を普及させる手法として使われたという。
台湾では戦後の戒厳令時代に、北京語を公用語(国語)として定着させるため、元の言語である台湾語や、日本統治時代の公用語だった日本語を話した人に対し、「犬札」(犬と書かれた木札)を掛けさせ、辱しめていたと言われる。次に話した人が出たら交代させられることもあったようだが、ドラマ内の鬼札(幽霊札)の交代制もここから由来するのだろう。
相互監視と密告
戒厳令、白色テロ時代では、国民党の独裁政権下で、市民に相互監視と密告が強制されていた。ドラマ『返校』の翠華高校でも、劉芸香(リウ・ユンシアン)が涵翠樓に行ったことが鬼札を掛けていた女の子に立ち聞きされ、密告されることがあったように、90年代になってからも学生たちに相互監視を奨励している。
なお、60年代での読書会事件はまだ全貌が明らかではないが、おそらく校長や教官の強要または陰謀で、女学生・方芮欣(ファン・ルイシン)に密告させ、教師・張明暉(チャン・ミンホイ)や後輩・魏仲廷(ウェイ・チョンティン)が処刑、処罰された、その絶望感から方芮欣(ファン・ルイシン)も自殺してしまったのではないかと想像している。
以上の通り、90年代の翠華高校では、白色テロ時代のルールが多く残っていることが分かる。第5話以降では、いよいよ60年代の「読書会事件」の事実が明らかになっていくと想像している。
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